昭和17年 6年生の春休み 友人と二人で 小樽の熊碓海岸へ
遊びに出かけた。
ちょうど鰊が群来て(くきて)沖から岸まで白く濁り
忙しく磯舟が往来して、刺し網を取り込んでいた。

陸で(おかで)網からはずされた鰊が 直ぐ木箱に詰められ
山になる。
片端から 馬車が威勢良く  手宮の集鱗舎に運んで行く。

呆気にとられて 暫くは瞠って(みはって)いたが
自分たちも何かしようと、岸の飛び石に乗り移り
藻に産卵中の鰊を素手で,掴まえようとしたが
思ったよりすばしこく、つるりつるりと逃げてしまう。

ようやく一匹掴まえたところで、海に落ちてしまった。
見ると相棒も 一匹掴まえて・・ドボーン 

ズボンを脱いで、岩の上に干し 乾くのを待った。
4月とはいえ、半裸に潮風は冷たい。

近くにいた 鰊を網からはずす仕事の小母さんが
見かねたのか、おにぎりと、温かいお湯を持って来てくれた。

また、「自分の好きなだけ 鰊を持って帰りなさい」と言った。

6匹貰って 自分達の2匹を併せ、合計8匹が今日の収穫
持参の木刀に頭をくぐらせ 手に提げて歩き出した。

だが、何という重さだろう。2匹を 道端へ捨てた。
残り6匹を 二時間半の道程 歩き続けた。
下駄の鼻緒は直ぐ切れた。

帰宅の遅い二人を 心配した母たちが 往来へ出て待っていた。

小言は 無かった。


******************* ***********


     春浅し 夢なれど漕ぐ 鰊船


     深雪駅(みゆきえき) 今日とあしたが すれ違う


     雪目にて 直ぐ逃げる子と 手を繋ぐ


     鰊買う 漕ぐ音のみの 曇り空                 


                   ************ えぞを


******************** ******** 六花記

この地へ移り住んで20年 初めての豪雪
昨日から 今日にかけて 猛吹雪。小樽を思い出す。

マカロンが=Rちゃん・(高校生の孫がニックネームを決めた。)
手作りの 小銭入れを作ってくれた。

     Rちゃんより

     うれしいな~ 500円玉貯金しようかな?    


 2015_02_28


受難・・2

Category:  

時計が気になっていた。 9時20分R君から 
「受かったよ」と電話が入る。
「良かったね!」「でも僕の希望はそこじゃないから」 
「分かってるよ。でもおめでとうだね」

15の春を泣かせない・・誰が言ったか・・親も先生も必死だ
それが分かるようになるのは・・我が子を持ったその時だ。

墓守のこの孫は やはり 「めがねさん」
まむが言うには 「布団を被って懐中電灯で本見てるんだよ
「そんなことするから 目だって悪くなるよ。」
私 「笑って コメントしない」

昨日のこと 帰省しているアンが コンタクトも必要になると
話している。

アンの眼鏡  東北人のDNAを受け継いで 色白のアンに
とてもよく似合う 赤い眼鏡・・・

DSC06532.jpg

六花  「女の孫はみんな近視じゃないのにね~」

アン  「そうだね これにはわけがあって 本が読みたいのに
     もう寝なさいって 電気消されて 仕方が無いので
     布団被って 懐中電灯で本読んでいたの 
     そしたら・・・」

六花  「そんなに 本読むのやめられなかった?」

アン   「先が気になって 頭がぐるぐるするの」
          (どうも六花と同じ状態になるらしい)

六花   「そうなんだよね 気が付くと朝になってるよね」

アン   「うん」 共感の笑み 

そしてアンが言ったのだ~~

アン  「自分に子どもが出来たら、そんなに本読みたいなら
     何時まで読んでいても良いから ちゃんと電気をつけて
     読みなさいって 言うつもり」

********** ******

落語じゃ無いけど、落ちがついたね  
それまで 生きていたいけど・・ムリ~~
 2015_02_27


受難

Category:  

戦前・・幼児だった頃 近くの本屋さんから毎月
「少女クラブ」を買って貰っていた。
毎月 わくわくして月刊誌を待つことの楽しさを
私に教えてくれた。 あの手触り あの匂いは
いまでも鮮やかだ。

やがて戦争が始まり、本は子どもの世界から消えた。
戦後も ひもじくて 食べることばかりに大人はこころを
くだいていた。

本は買って貰う物ではなく、誰かから借りて読むもの
図書館はなかったから・・学校の図書室にあるカビの
臭いのする本が全てだった。

それでも裕福な子は本棚から何かしらの本を貸してくれ
「高瀬舟」 や 「母を訪ねて三千里」など いまでもその時の
環境や 住まいの臭いまで思い出す。

中学校へ入ってからは 大きな炭鉱町への転校で
裕福な子も多く、借りて プルーストや 「風と共に去りぬ 」
川端文学に夢中になる。特に「雪国」はいままで5回ほど読んだ。

母は 「女が本を読むと碌な者にならない」と叱り
電気を消されてしまうので、ついには 懐中電灯を
布団の中に持ち込んで読んだ。

「本を読む女は 腰が重く 家事をしないから 読書の週刊は
つけない方が良い」  

「あんな風に本を読むと アカになる」

いわれのない 読書妨害は、いまも思い出し無念である。

高校は汽車通で 隣町だったから 公民館の薄暗い
図書室が自分の場所になる。 ぎりぎりまで家には
帰らなかった。
あるひ 学校の二宮金次郎の銅像に気が付き
(そうだ! これを真似すれば良い)と
学校の行き帰りに それを実行した 
いまは、転んで骨折しそうで   

中学生のころから 読書日記を大学ノートに
付けていて 三冊くらいになっていた。
引っ越しを繰り返す内に紛失して 惜しいことをした。

最初のページに書いていた言葉は覚えている。


******************************

「読もう ゆっくり読もう・・本は決して私を裏切らない」

中学生の子どもの 精一杯の言葉だったと目頭が熱くなる。

******************** ***********


この後 高校で   国語の女教師から 「まだ早い」と
注意を受けるようになる。

たまたまその時 「何を読んでいるのー」と近づいて来た
彼女は ホーソンの 「緋文字」を見たのだ。

それは 三島由紀夫の 「禁色」を読んだ後の興味から
手に取った本だった。驚いたことに私がそれらを
読んでいるのを、女教師は知っていた。

特別な本だけに興味があったわけでは無い。
「潮騒」に 乙女心が刺激され、「金閣寺」も「仮面の告白」も
本なら・・・手に入る本なら何でも良かっただけである。

時代のせいには したくは無い。
でもそんな時代を過ぎて・・いまは公然と何でも読める
時代になった。  

************************

血液検査の結果 ACTHが 少し高く コルチゾール数値は
やはりもう少し高いと楽になるのだが~

4月に 下垂体の検査に入ることにした。 予約しないとね。

つい~病院の図書棚へ近づいてしまう。
12時には 本を閉じることと 自分で自分に催眠をかけている。


     病院図書館


     春の兆し

     ネコヤナギ

 2015_02_26



アンが帰省して来た。 早速ブログのお引っ越しをして貰った。
量が多くて 分割しながら・・
改行もきれいではなく いささか失望したが 落ち着いた。

コメントは残念ながら置き去りにした。
でも 「花あかり日記」はそのままなので
自分の大切な部分として、時々 お里がえりをしたい。

字を小さくするのも試してみたが 三月テンプレートに
「さくら」を使いたいので その時にとした。
ありがとう アン。

春から 食事付き寮を出て、自炊することになったアンに
今日は 大好きな 大学いもの作り方を
一番簡単にできる方法で 伝えながら作った。

     大学いも

ジャガイモで作っても美味しいよ。
スティック状にして 揚げてもイイネ。

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デ某さんのページをめくったら・・懐かしい音楽が聴けて
次々たどって 聞きながら・・

きょうの押し花小物は、さくらの「しおり」
中島美嘉 「桜色舞うこころ」が かかってきて 

いつも何かしら聞きながら 作業する習慣は・・
そういえば、姓が変わってから・・

     さくらしおり

さくらは、チシマザクラ・・花は、白く小さいのが特徴。




 2015_02_24


温泉へ

Category: 野生動物  

まむから電話で 久しぶりの温泉へのお誘い。
えぞをさんは ちょうどバイパップにかかったところで
行かないと言う。オイテコッ 

露天風呂 無茶苦茶熱い湯 岩風呂など・・4つの浴槽。
温泉の効果は 体と云うより の~んびり心がゆったりして
良い。

温泉近くで エゾシカに会う
黄昏時なので けむるような毛の色をしている。
エゾシカって お尻の所がかわいい。
      

       まむ 撮影

     エゾシカ


     エゾシカ1


     幸せ家族・・2羽の子どもが育っている。どんな動物も
     子どもは かわいいね。少し痩せているのが気にかかる。
     真ん中の二羽が 子ども。

       まむ撮影

     幸せ家族1

     幸せ家族2

     Rちゃん テストで手作りできなかったと 
     バレンタインデーチョコ
   じーたんへ・・ 嬉しいね!どんどん腕が上がってるね。

     バレンタインデー

   日曜日は 嬉しいことばかりの日・・平凡がこんなに幸せ

 2015_02_23


かわいいね。

Category: 鉢花  

いつか書いて置こうと思って居た えぞをの闘病記を
書き終えて・・なんだかブログを書くのが億劫になっている。

えぞをが ぼくの事ばかりでなく 六花も 「生いたちなど
子どもたちに話したこと無いでしょう?」 と言われる。
そういえば・・そうかもしれないなぁ~~

戦争のことを書かねばならず、楽しいことばかりじゃないし・・

ブログ友の 復帰までガンバって、帰りを待とうかな?

近くの公民館で 保育園・園児の作品展~~かなわないナァ~
何たっておしゃれな ひつじさん。体は、ふわふあ羊毛で。

     ひつじさん1

こちらの体は 羊毛の手紡ぎ糸を くるくる糸巻きみたいに。
見てると 顔が自然にほころんで、元気出てくる。

     ひつじさん

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先日インパチェンス 発根のため 水に挿していた。

園児ちゃんたちに負けないように、
秋にしまった凍り付いた鉢を 何とか解かす。

     インパチェンス1

三つの鉢は それぞれ、「買って来たままの咲き終えた鉢」 
「挿し芽作り第一弾!」   「今日植えた鉢」

     インパチェンス2

元々の鉢からまた切って 根出しすることに。

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パンを焼く。・・え~と・・正確には、機械が勝手に焼く。

朝はパン食ですから ホームベーカリーにお任せパンは便利

中身を少し変化させては 楽しんでる。
今日のは、 米粉を 一割ほど混ぜる。
しっとり感が あるかもね。

     ホームベカリー

********
 2015_02_22



直ぐ側にある高校の農地…雪原で、兎の足跡を見つけた。
それに平行するように、キタキツネの足跡もあった。
冬は食糧不足だから、弱肉強食で、弱いものほど
生き延びるのは 難しい。

小さな頃・・岩手の家では 白い兎を飼っていた。
目の色がピンクで、耳が長くそのまま愛玩用に
見えたが、村人は冬期の蛋白源として飼っていた。

家には 他に鶏を金網の中で、鯉やドジョウを
台所の水槽の中で飼っていた。

水槽の中には、山菜の保存ビンが 並んでいて
その合間を 魚は 泳いでいた。
水は山からの落とし水が流れる 大きな水槽だった。

鉱山では冬に入ると、大勢で兎狩りの行事を行った。
鉄砲組と 追い出しをする勢子(せこ) 組に分かれての
狩りで たくさんの兎を捕獲した。

越冬野菜と煮込み、酒は自家製のドブロクを持参して 
工場の鉄索の土間で 無礼講の酒宴が開かれた。

集まった子ども達も、丼に盛ってもらい、とても嬉しかった。

普段は、鉄砲は禁止で、主に、トラバサミや、針金で作った
輪のワナを用いた。
兎は足跡から 通り道が分かり、笹竹などに縛っておくと
輪に首を突っ込んで 捕まる。
逃げようとするほど 首輪が締まる仕掛けである。

イタチは トラバサミがほとんど・・なかなか利口で
仕掛けにかからない。
これが、兎小屋を襲う。金網で囲っていても穴を掘り
入り込む。
羽ばたきと 悲鳴を聞いて駆けつけても遅く 二、三羽の鶏が
やられる。 囲いから外へ運び出せるわけでもないのに
夢中になるのか?
だからイタチが、仕掛けで捕まえたと聞くと 思わず手を叩いた。

兎も イタチも 皮は板の上に広げて干され、乾いたのは
防寒の材料になった。 そしてその半ばは 軍に納められた。

************* ***************


     対岸の 雪の美林が 兎浄土


     墓地あたり 流氷明かりの 去り難し


     閑居して 雪の枝釣り 砦なす


     終の雪 今日とあしたの 出会う道

                            えぞを


******************* ******六花記

うさぎちゃん

えぞをの「ふるさと物語」は 時として、とてもリアルで

事務長の息子であった特例で 屠殺現場に入ることを
許され、一部始終を見たようで えぞをはそれも書いていたが
六花の精神では・・耐えがたく 割愛して貰った。

六花は、そこに生まれていたら・・
生き延びられなかったかも知れないナ・・

 2015_02_21



三月へ入ると 少しづつ出来ることが増えて行く。

ストレッチャーで 初入浴。寝たままで泡風呂
何ヶ月ぶりだろう。 気持ちよさそうで、
見させてもらいながら 思わず涙が出る。

まさにプロの仕事 と感嘆する。

入浴ごとに 褥瘡が良くなっていく。
入浴後は疲れたのか ぐったりするが、夕食に
息子が お赤飯と 冷や奴を届けてくれて
美味しそうに食べている。

車椅子の許可も出て 押しながら院内の散歩をする。

時々変なことを言い出したり、漢字が書けなかったりするが
状態は確実に良くなっている。

しかしながら 娘に肩たたきを持ってこさせ
私がいうことをきかなければ これで叩く・・という。
本気だ、 時々 にらみつけているのを知っているので
気を付けなければ・・と。常に用心する。

やはり脳の一部が壊れたとしか思えない。
幻覚は無いけれど、幻聴はあるのかもしれない。
孤独だ。

3月も20日過ぎると つかまりながら トイレに行き、
ついでに、洗面、歯磨きが、出来るようになる。

婦長さんに 「私たちで見ますから」と二度ほど云われて
三月いっぱいで 付き添いを終えることにする。

3月31日  45日間の付き添いを終える。

その後は 土日を利用してお弁当をもって出かける。
外来廊下で 歩行訓練をする。
やはり家で一人で食べるより 二人で食べる方が美味しいね。

車椅子で お天気の良いときは 外の散歩も少し。

6月末 包括支援センター長が病院へ来て
障害者認定書の手続きに入る。

家の中の工事・・・段差解消、手すりを付けるなどする。

7月10日 退院
訪問看護 二人・・・入浴時・・週二回。
訪問リハビリ 始まる。

7月26日
再入院

転倒 目の奥の骨折
脱水のため、 心臓が小さくなってしまっているという。

本人の希望で 8月13日に退院・・現在に至る。

途中を省いたが、大量の喀血で 労災病院へ隔離され
面会制限を受けたり 私の怪我で 「社会的入院」を
余儀なくされたり・・そのたびに 幾たびも困難を克服せねば
ならなかった。 

これからも しばしば 遭遇するかも知れない危機を
受け止めながら・・一番良い選択はなにか?を探ろう。

あれから 6年間の間だには 幾度も厚岸に行けたし
釣りだってした。

オホーツク路へドライブも 私の実家の墓参へも。

娘に連れられて 札幌へ~劇団四季の~ライオン…キングも
見た。

昨年までは 通院も自分で行けた。

時々鬱状態になるが 怒りっぽいのは何処かへ行き
もと通り おだやかな性格になる。

これから 何が出来、なにが出来ないのか?わからない。

「死んだ様に生きるのはやめよう。 生きているように生きよう
これが 私たちの決めたルールだ。

******** えぞを闘病記はこれで終わります。

        
     押し花レッスンの日でした。 Hさんラウンドブーケ
     いま一番幸せという ご本人の言葉通り 
     愛らしい 花束です  

     ラウンドブーケ







 2015_02_20



いつの時も 道のりは平坦では無い。

蛋白の数値が低いので 浮腫が取れないと言われて

2009年 3月4日

Dr診察
CT検査結果・・まだ影がある。

総蛋白数値低く アルブミンも低い
BCAA の飲料 許可出る。 浮腫の改善は
タンパク質の摂取が大切と云われる。

ステロイドの減量、血糖値の問題があり
3月中の退院は無理です。と言われる。

相談の結果 アミノバイタル(顆粒)を購入する。
**こうゆう知識は 息子の趣味が(マラソン)
役立っている。  Drの許可出る。

ナースより
 こんなものを飲むから・・血糖値が上がると言われる。

同じナースより・・皮肉めいて・・

「息子さんは 働いているんですか?」

足繁く見舞う息子は・・中年浮浪者に見えたのかも。
たった 30分の見舞う時間しかなくても
往復に二時間かけて来る人は・・
彼女の人生観に合わないのかも知れない。

いじわるな人に 刃向かえるほど精神が強くはない。
でも 息子や 娘の 孫の顔をみると
みるみる元気を取り戻す様は、家族だけが知っている

酸素には 一切触ることを禁じられていて、
カニューラの 切り替えは ナースがすることになっている。

酸素へのつなぎを誤って 一時間ほど無酸素状態で
あわてたこともあった。
失敗は同じ ナースで ほとんど無表情の受け答えしか
しなかった。故意ではない しかし 患者だけだったら
眠るように 旅立っていただろう。
死は隠蔽され 家族は寿命だったと・・考えるのだろうか?

あえて 婦長へ告げなかったのは、彼女から不幸のオーラが
立ちのぼっていたから・・

もちろん そんな人ばかりでは無く、感謝しきれないと
思う方も たくさんおられる。 

患者が 重症の時
付き添っていて良かった と思う時は

ナースが 充分な教育を受けていないと感じることが
あまりにも多い。
無機質な ナースが多い。

家族は なんといわれようと 団結し いまある いのちを
守らなければならない 

************

3月6日  娘の介護日誌より  (ワンクリックして下さい。)

     S介護日誌

便座を高くして欲しいとパパの希望で、娘はお手の物。
発泡スチロールを買って来て 加工してくれた。
介助も楽になったが・・退院後 こんないいものが有るのを知った。

     生協のチラシです。

     介助用品

     間もなく これをわたしが使うようになるのかも・・
     そうならない為にも、 夕べ見たTV ためしてガッテンの
     ゆらりスクワットを 毎日つづけよう  





 2015_02_19



書字障害に苦しんでおられる方が、たくさんおられると知った。
きっと一人一人に 一つ一つの解決方法があり
それを 見つけられるのは 最も身近にいる人だ。

平仮名の中で一番簡単な字「い」を書いて貰った。
全く書けない。一本の線と もう一本の線の間だが
5センチほど離れて 上下している。何より震えて
ギザギザ字になる。

最初に 試したことは 身近な人の名前からだった。

教えずに 書けたのは わたしの名前 娘の名前は平仮名
なので わりに早く書けた。
次に息子の名前・・・・書けたのは、其処までだった。

かなり手が震えていて 物理的にも書けない状態にあった。

それでも 日を追って 平仮名 カタカナは書けるように為っていき
簡単な漢字は、思い出せるように為る。

自分の名前は・・ いまなら 笑いながらこれを見られるが

     失う1

三月五日の自分の名前

えに濁点がふられていると教えると
次の日は 正しい書き方が 記憶に残っていた。
記憶出来る  と知って
灯りがともったように 嬉しかった。

孫の名前に使われている
雅・ 琳・ 瑠・ 織 など字画の多い字は書けない。
それなのに 不思議なのは 息子の名前に付いている字
樹 が書けたのは・・未だに不思議だ。

前進あるのみと 自分に言い聞かせるように書いてはみたが、

     失う2

    絶命の 夜かも知れず 卵凍て     えぞを

これを見つけた時は 驚いた。 絶などの字は 単独では
書けなかったから・・

なんと 俳句の字は 間違っていない 

     失う3

これを見た時 閃く物があった。

そうだ 俳句から入って行こう 

彼の一番身近に有った{ ことば }は 俳句の中に有る。

挨拶句から入って貰う事にした。
ナースの一人・・とても良くしていただいた
国見 梨絵さんに 俳句を贈る。

************** ***********

    靴音す 梨絵がさくらの 中を来て   えぞを

************** ***********

きれいな句を作って頂いたと とても感謝されて・・
それが 書写をつづける 励みになって行った。

私にも作って~と 好美さんが云ってくる。

その反応は とても有り難かった。

***************** **********

     リラ灯し 好美は風に なりにけり    えぞを

***************** **********

次が めぐみさんだった。

***************** ************

     天心に 微春が残り めぐみの燭    えぞを

***************** ***********

決してうまい俳句では無い。が・・頭を使い 刺激する
リハビリになったと考えている。
字は まだ完全に書けず わたしが 代書した。

時々頭がおかしくなり 意味不明の幻聴に
悩まされていた。

夜中に 動けなくなった夢を見て、
びっくりして ベットの上で 体操をしたと言う 
わたしは 深いため息をつく。

持参したノートは、たまたま 遺書の下書きがしてあった。
いまもって、この字へ戻ることは無い。

     DSC06479.jpg





 2015_02_18




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プロフィール

Author:六花
一人でも 楽しく生きて行こう。
心の中にパートナーが
いるのだから・・

いらっしゃいませ

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