昭和14年8月30日 えぞをはその時代 黒沢尻と呼ばれ
いまは北上市という市民病院にいた。 父が病床にあった。

えぞをの父はそれまで昏睡状態に有ったにもかかわらず
ふと目を開け 公園でブランコに乗っている二人の子を
「心配なので連れてくるように」と言った。まるで透視していたかのように。

まもなくえぞをの父は二人の子を見て安堵し、目を落とした。
三十六才だった。

それから戦争があり 火事に遭い えぞをの結核闘病があり
ついに墓参のなされぬまま えぞをの母は逝った。
つれづれに聞いていた義母の話を元に 菩提寺を、お墓を捜し見つけた。

納骨を終え えぞをの案内で北上市市民病院をおとずれた。
まだ木造そのままの建物で 道を挟んで公園もそのままあった。
昭和53年8月 義母の新盆であった。 垣根にはムクゲが咲き
えぞをの記憶にもその時ムクゲが咲いていたと言う。
 市役所へ観光マップをもらいに行くと
レリーフがおかれ 以下の市民憲章を読んだ。
一瞬にして、無条件でこの町が好きになった。 


北上市市民憲章

 あの高嶺  鬼すむ誇り

 その瀬音  久遠の賛歌

 この大地  燃えたついのち

 ここは 北上


昨日も書いた夏油温泉も 初めておとずれた。
切り立つ崖は 助手席側に有り 所々に落石もある。
車同士がすれ違う場所もない有様だったが やっと到着した。
夏油温泉は えぞをの思い出そのままに有った。
破調して鳴くミンミンゼミの合唱を初めて聴く。

昨日の更新は 自分のブログでは初めて多数の方におとずれて
いただき 不思議な気さえする。
夏油温泉を検索した
今年は必ず行こうと決心する。 どこかの湯の中でお会いするかもしれない
きのうの写真にしわとシミを加えてほしい。60歳はいま79歳で有る。
しかしミンミンゼミの破調は変わらず 樹に宿る精霊も変わらない。

車に自信の無い方は、北上駅東口にお迎えの車が待っている。

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^^^^^^写真ね 無いと寂しいから サーフェイスでまだテスト^^^^^
シェルカメオ厚さも大きさもある。



シェルカメオ

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